きっかけ。その1

 そもそもなんですが自分は大阪で育ち、子供の頃当時高校野球でPL学園がKKコンビで盛り上がっていたので清原さんにあこがれを抱いて野球を始め、親戚一族が南海電鉄に勤めていたこともありパ・リーグの試合を大阪球場で観る機会を与えてもらいスポーツ観戦の土壌がそこで培われたと思います。

 その後学業を大して修めることなく将来自分が進むべき道を「漫画家になること」に定め、1年間漫画の専門学校に通い漫画家さんのアシスタントになるべく20歳の時に上京します。
 漫画家さんのアシスタントを始めた93年にJリーグが開幕します。子供の頃野球をしながらもキャプテン翼を漫画で読み漠然とサッカーへの興味も沸き、小学生の頃休憩時間にずっとサッカーをしていた記憶がよみがえりました。
 当時はヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)が全盛の時代でラモスさん、カズさんがすごくてなんとなくヴェルディの試合を観るのが好きでした。

 当時日本代表はドーハの悲劇をテレビで見てアメリカワールドカップを逃したあとに発足した加茂周監督率いる日本代表で一際目をひいた選手が森島寛晃選手が所属するセレッソ大阪なるクラブを知り、ガンバ大阪より実家に近いこともありなんとなく応援するも地元を離れている身としてはスタジアムに通うこともなく日本代表を応援していました。
 初めてJリーグを観に行ったのは1997年、当時桐光学園のスターだった中村俊輔選手が横浜マリノスに入団したこともあり、横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)に行ったのが初めてで翌年に大好きな選手だった中田英寿さんがペルージャへ移籍し、当時欧州リーグ最強と言われたセリエAに興味を持ちどんどんサッカー観戦にハマっていきました。
 
 毎年年末年始に高校サッカーをなんとなく見ていて国見の大久保嘉人選手がセレッソに来た時もテンションが上がりましたし、日韓ワールドカップの時はチケットの取り方が分からず、モリシこと森島選手がホームの長居スタジアムでゴールしたチュニジア戦をテレビでしか見れなかった悔しさもあり、2006年のドイツワールドカップはいろいろトラブルもありながらなんとかクロアチア戦とブラジル戦を現地観戦することができました。

勝てるかもと思ったクロアチア戦
玉田選手のゴールで湧き上がったブラジル戦。その後本気出されて…

 ドイツワールドカップのあと中田英寿さんが代表&選手生活に引退を発表し、自分も代表熱が冷め始めたころこの前年の2005年にセレッソがリーグ優勝を逃したこともあり、徐々にJリーグに気持ちが移り始めました。

 そしてセレッソ大阪に気持ちが完全に持っていかれる出来事が2008年に起きました…

その2に続きます。

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